熊本県・市の子育て支援に関する考察

   狭義の「子育て支援」から
   広義の「子ども・子育て支援」に!

 熊本子育てネット運営委員

村 上 千 幸


 

●子育て支援前史 ~母親の逸脱論から脱却

「未経験な母親ほど育児についての不安が高まることが容易に想像され、これが高じれば、例えば育児ノイローゼといった不幸な現象を引き起こす要因ともなりやすい」(昭和54年版厚生白書)と述べているように、1970年代には、育児に自信のない母親や不安を持つ母親自身が問題とされ、それが高じて育児ノイローゼになると捉えられていました。

1980年代になると育児不安、育児疲労、育児ストレス、育児ノイローゼ、母親の育児意識などが社会問題となり、それらに関する実証的研究が本格的に定着して成果が表れることにより育児ノイローゼという表現は段々と少なくなり、育児不安という表現になってきました。

このように、育児の問題は母親の就労、母性の喪失、母性過剰など母親の逸脱をその要因として語られてきました。これらの背後には乳幼児期の親子関係において重要なのは母-子関係であり、親は子に対して影響を与える存在であるという仮説が存在していたと考えられます。

そのなかで育児問題を捉える視点を大きく転換させる研究が発表されました。研究の成果は育児に関する問題を母親個人或いは家族に内在するものとして捉える視点から、女性のライフステージの移行に伴って誰にでも生じる可能性がある負荷・ストレスを家族-社会関係として把握する視点へと転換させることになりました。ここで初めて、個人の責任論から解放されて子育てへの様々な支援を社会的に行い、費用の負担も社会福祉的な事業として子育て支援をしていくことが認知されたのです。

 

●「子育て支援」の誕生~期待された「保育所の専門性」

1992年、子ども未来21プラン研究会の報告書では「もはや国民の一部の問題ではなく、全ての家庭の、また、全ての子ども達の問題」であるとしてさらなる支援の充実が求められた。また、具体的提言の中で始めて「子育て支援」という表現が使われ、その後の子ども家庭政策のキーワードとして定着していくことになったのです。

保育の中で子育てを支援する事業は、1987年(昭和62年)の「保育所機能強化費」の予算措置及び1989年(平成元年)「保育所地域活動事業」に始まると考えることが出来ます。その後、1993年(平成5年)に「保育所地域子育てモデル事業」が始められ、更に1995年(平成7年)に「地域子育て支援センター事業」へと発展し制度化されました。事業実施主体として全国津々浦々に存在して子育てに関わる様々な問題に対処していくことができる児童福祉施設としての「保育所の専門性」に白羽の矢が立てられたのでした。裏を返せば、保育所地域活動事業や地域子育て支援センター事業が始まった当初は、地域の子育て支援事業を委託できる機関・施設は、保育所以外にほとんどなかったということもできます。

 

●「子育て支援」がねらいとするもの

地域子育て支援センター事業は、育児の相談指導、育児情報の提供、居場所・仲間作りの推進及び保育所における特別保育を推進すること等を事業の柱として開始されました。

事業では育児に関する大規模な調査により得られた大阪レポート(子育ての変貌と次世代育成支援:原田正文 名古屋大学出版会、‘06)の成果として得られた「育児不安の原因は個別の私的な原因で起きるだけではなく、時代的な背景とともに広く一般的に誰にでも生じることは明らかで、その原因を取り除くために社会的な子育て支援をしていく」ことが事業の柱となりました。

同レポートでは育児不安等が起きる原因として下記の点を指摘しています。

  • 母親が子どもの要求を理解できない
  • 母親の具体的心配事が多いこと及び未解決放置
  • 母親に出産以前の子どもとの接触経験や育児経験が不足している
  • 夫の育児への参加、協力が得られない
  • 近所に母親の話し相手がいない

子育て支援事業の要綱では、大阪レポートで指摘された上記の育児不安の原因と指摘された事柄を解消することが事業の柱となりました。子どもを理解したり心配事を減らすために子育ての知識や情報を提供したり、不安を減らすために相談を受けたり、育児の経験や話し相手を得るために居場所を作り育児の仲間づくりを進めていくことが事業の柱となり、以来約30年経過した現在でもその基本的な考え方にもとづいて事業が継続されています。

これらの事業の柱は緊急的、一時的な、いわゆる対症療法的な施策として一人一人の母親の不安や負担感の減少あるいは解消に資することになるとしても、現代社会の至る所で次から次へと生じてくる育児不安や様々な課題の解消ひいては少子化を防ぐという深刻で本来的な難題に対する抜本的な解決法とはなっていません。さらに、親の子育てにおける幸福感を増大させたり、文化の伝承者としての大人の自信の回復や養育力を向上することにつながらないものであります。真に解決されるべき問題は育児不安や負担感が発生してしまう事態に至る現代社会の根っこにある問題、すなわち生活の中に存在する葛藤それ自体を解決する力や暮らしを営む自信、育児における幸福感を持てるようになることが子育て支援の大きな目的でなければならないのです。育児不安の解消を子育て支援の目的とするべきものではなかったのです。

 

●保育所がおこなう子育て支援に内在する強みと弱み

子育て支援事業がスタートしたのですが、何をすればいいのか、何が支援なのかなどが不明確なまま、とにかく事業実施個所を増やされ続け、「走りながら考える」状態でありました。

当初より問題点や課題を指摘する声も上がっていました。「子育て支援は保育所の措置児童だけではなく、域内に居住するすべての子どもと子育てをニーズの対象として捉えるという視点に立つものである。しかし、育児と労働の支援対策である緊急保育対策等5カ年事業の推進が義務付けられたことから、保育事業を中心と捉えられやすいのではないか」という懸念でした。また、「親のためのもの」か、それとも「子どもの最善の利益に配慮したもの」であるかが明確でないといけないという指摘もなされていました。

他方、子育て支援という新しい福祉課題に対して保育所側にも不安や戸惑いがありました。保育所で実施される地域子育て支援センター事業は、保育所側だけではなく行政当局者も特別保育の一つとして認識されていました。支援センター事業の要綱には特別保育の積極的実施あるいは地域の需要に応じた保育サービスの積極的実施・普及促進ということが明記されていました。制度が始まった当初とはいえ、子育て支援の理念が明確ではなくその手段や方法についても共有されなかったことが、保育所が担う子育て支援が地域への広がりや効果を感じられることが難しかった理由の一つであったのではないかと思われます。

保育所に期待された子育て支援は次のような特徴がありました。保育の専門性を生かして保育士から育児の相談や指導助言を受けることができる。保育の現場があり保育士の保育そのものが子育てのモデルとなり、わが子と同年代の園児の育ちを見ることができる。園庭や遊具など親子が遊ぶ場所が確保できるなどの利点があると考えられていました。 

一方、保育所が子育て支援を行う上での幾つかの困難性も指摘されました。

  1. 保育指導という概念と子育て支援の融合が難しく、保育の専門職として支援する場合の相談助言が指導という概念として捉えられ、親との距離ができやすい。
  2. 日々子どもと触れているために子どもの立場に立ちやすく親支援の視点にかけやすい。
  3. 保育所の職員は多角的な視点になりにくい。
  4. 公立保育所や福祉法人立保育所においては人事・待遇及び予算等の規律が求められ事業内容が硬直化しやすい
  5. 子育て支援における新たなニーズや機動的な対応や、新規事業の取り組みへの障壁がかなり高く、担当者の熱意が必要となるとともに組織の合意形成に時間がかかる。

以上のことが強みであり弱点として考えられていました。

 

●つどいの広場の誕生

2002年(平成14年)には子育て支援センター事業に加えて「つどいの広場事業」が制度化されました。つどいの広場事業は民間団体等へ委託が可能であり、活動場所も公共施設だけではなく商店街の空き店舗、アパート、民家など柔軟なサービスが可能となりました。支援センター事業との決定的な違いは当事者の親たちの参加があり親と子が集う場の提供を目的とする当事者性がより高いという点にありました。

子育て支援センター事業とひろば事業は、地域の子育て家庭を支援するという目的を共有しながらも、事業の成り立ちの経緯や事業内容にもそれぞれの特徴を有していました。厚生労働省はひろば事業の設置を推進するとともに、ひろば事業の事業者を支援・育成しながら協働することにより子育て支援の政策の拡充を進めてきました。そしてついに2007年(平成19年)地域子育て支援拠点事業として一本化され再編されることになりました。

事業委託先、指定施設、職員の資格要件等いずれも保育を基軸としていた条件が、他の専門領域、そして非専門領域へと拡大してきたことが判ります。子育て支援事業実施要綱の変遷をみる限りにおいては、必ずしも保育の専門性や技術、知識を必要としない事業の展開が想定されるようになってきたのです。

最近の事業者は包括性を持った公設の支援センターや保健センターや市民センターやNPO法人が設置する事業所が増加していることに比べて保育所併設型の設置は少なく、保育所が持つ本来的な専門性や特性については言及されることはなくなりました。

 

●保育所に求められる新たな「子ども・子育て支援」にむけて

我が国のナショナルミニマムとして保育所が子育て支援を支え続けてきた事は明白な事実であると思いますが、さらなる新たなニーズに対応していくことが出来ず十分な評価と効果を得られていないとすれば自己変革が必要となっているのではないでしょうか。

地域子育て支援拠点事業は開始以来年々増加しており、全国に7,600箇所近く(令和元年度)の子育て支援拠点事業所が存在しています。しかし、旧子育て支援センター事業型の新設増加は少なく、総数の半数くらいで停滞しています。さらにNPO法人が運営する事業所に比べてその効果を果たしていないのではないかとの疑問を持つ声も聞かれ、期待されるような支援の効果をあげることができなくなっているのでしょうか。

今までの子育て支援を狭義の「子育て支援」とすると、狭義の子育て支援では親の育児不安の解消や負担感の解消を事業の主な目標とし、それを子育て支援事業の内容としています。目前の緊急的な課題として親が持つ育児不安や負担感の解消が必要ではありますが、根本的な解決に至ることはありません。我々は事業の戦略的な目標を変更する必要があるのではないでしょうか。いわゆる新たな意味を持つ「広義の子育て支援(仮称)」が必要となっているのです。

社会福祉法において第2種社会福祉事業として位置づけられた事業者として、大局的には少子化という社会問題を抱えながら、同時に重大な問題として進行している子どもの貧困や子どもの虐待等に対する予防的な支援や、発達障害や子どもの体の成長異常などへの早期の支援などが必要となっています。少子化の問題に関しては家族制度、経済状況、雇用制度、住宅制度など多岐にわたる関係性の中で発生し、世界的に直面している問題であります。その解決が保育所での子育て支援だけで解決するものでもありませんが、少なくとも子どもとその親たちが直面している問題に対しては大いに貢献できるものと思います。

 

●平成29年度・平成30年度の全国調査と比較して

厚生労働省の補助事業としての全国ひろば全協により平成29年・30年にかけて全国調査が実施されました。

1)平成29年度子ども子育て支援推進調査研究事業「地域子育て支援拠点事業の経営状況問いに関する調査報告書」平成30年3月(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

2)平成30年度29年度子ども子育て支援推進調査研究事業「地域子育て支援拠点の利用状況に応じた職員配置と収支状況に関する調査報告書」平成31年3月 (三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

上記の2件の全国調査を基にして更に考察を進めていきたいと思います。

 

運営主体の多様化

事業所数は令和元年度実施か所数(交付決定ベース)7,578か所となっています。この調査では約3,300か所の回答数ではありますが、運営主体を見ると、社会福祉法人、社会福祉協議会、学校法人、特定非営利活動法人、株式会社、生活協同組合、任意団体など多様な運営主体によって子育て支援が担われていることが判ります。

熊本県・市の場合は如何でしょうか。熊本県のHPによると平成30年8月時点での事業所数は120か所となっています。その内訳については明示されていませんが、住所が保育園内とされる保育所併設型が73か所、そのほか直営、社協、保健センター等が公設と思われるひろば事業が多く、民間のNPO法人と思われる運営主体は少ないようです。

全国の運営主体別の開催曜日を見ると、土曜日、日曜日に開設しているのはNPO法人、株式会社、生活協同組合等の事業所が多いことが判ります。熊本県市の場合の土曜日曜日にオープンしている事業所数はどれ程になるのでしょうか。


事業実施場所の多様化

 運営主体と同時に実施場所についても公民館や商業施設、民家など多様な場所で実施されていることが判ります。利用者により近く、利便性の高い場所が求められているのではないでしょうか。運営主体が直営・福祉法人の場合は保育所、こども園、児童館等の施設利用が多くなっていますが、一部ではありますが専用施設を設置して利用できている事はNPO法人等に比べてみれば財政基盤の整っていることが関係しているかと思われます。

保育所保育指針が改定され保育所の地域子育て支援が努力義務として規定されるとともに、2008年児童福祉法と社会福祉法の改正により、地域子育て支援拠点事業が法定化され、保育所と同じ第2種社会福祉事業として位置づけられました。

第2種事業として法定化され、地域子育て支援拠点事業として再編されたことを契機として保育所事業とは異なる独自の領域として捉えられることとなり、保育所機能と子育て支援機能の分離方向にあることを考えると専用施設の設置・確保が進んでいくことを期待したいと思います。


従事者数の増加と職種の多様化

 熊本県・市における従事者数は如何でしょうか。全国的には従事者数1人~2人の割合は37.2%ですが、3人~4人以上の従事者数が必要だと考えます。

従業者の職種は保育士が58%と多数ですが、他にも幼稚園教諭、子育て支援員、看護師保健師、栄養士など数的には少数ではありますが関わる職種が多様化していることが判ります。


④多機能化している事業

 熊本県・市では子育て支援拠点事業以外に多機能化して様々な事業を展開しているところは少ないようです。一方、全国的にみると多機能化が進んでいるようです。


⑤多機能化に合わせて増大している収支の状況

市町村の人口規模、運営主体の違い及び直営・委託の違いにより人件費の差が生じていることを見ることが出来ます。



考察

2つの全国調査報告書と比較しながら熊本県・熊本市の現状を見てみると、その課題と今後の方向性が見えてくるのではないでしょうか。

熊本県・市においては、運営主体の更なる多様化と連携・協働が必要だと思います。より多様なニーズに応えながら、それらの課題を解決・充足していくために地域ぐるみの子育て支援にかかわることができるように運営主体の多様化を進めていくことが必要だと思います。

子育て支援事業の実施場所については専用施設の設置・確保が肝要だと思います。全国的にはひろば事業が大勢であることを考えると地域の子育て支援機能は保育所の本来的な機能とは異なるものと考える方がいいと思います。保育所に併設して保育所の諸機能を利用することも有効な支援の一環ではありますが、園から出かける或いは園以外の施設を利用するなどアウトリーチ型の支援場所の多様化も検討していくことが必要であると思います。

直営或いは福祉法人運営の支援センターでは予算に応じた人員配分が行われ、委託事業要綱 に要求される以上の事業の実施や2人以上の配置はなかなかできない状況であります。特別加算事業や子育て支援の関連事業の受託なども含めて多機能化を推進して収入を増加させることも考えていくことが必要であります。ただ、多機能化するための各種委託事業については県や市の行政当局が福祉法人の受託に応じないという事情があり事業の多機能化も進めにくいところもあり当局との交渉が一層必要になるかと思います。

事業の多機能化や従業者数を増加させるためには予算の増額が必要であります。熊本県の場合には地域活動特別加算制度の利用を推進して事業の多様化に資することが出来るようにすることが必要です。熊本市の場合には基本的な委託費の減額が行われており、真に子育て支援の成果を上げることを考えるならば全国基準への増額を強く願いたいものです。

厚生労働省の基本的なスタンスはNPO法人或いはひろば全協と一緒に事業を推進していくことです。子育て支援員制度の設置、子育て拠点事業の手引き作成、子育て支援員の養成、各種講座・研修など、直営・福祉法人運営の事業を一方の柱としながらもNPO法人等の民間の意欲と知恵を活用する方向性に変化はないものと思われます。子育て支援の一般化、民間化がより進んでいくことを止めることはできません。

NPO等が実施している子育て支援の特徴は「当事者性」であり、母親が持つ様々なニーズに敏感であり、支援の方法は柔軟であり、多くのボランティアに支えられ、スタッフの多くが活力に満ち、多様な機能を発揮する収益事業を展開し、大学などの研究機関との共同研究の実施などがあり、当事者に寄り添った子育て支援の成果が発揮されやすくなっています。特に利用者の中に、出産まで各種専門職として働いていた者がボランティア的に参加・協力しているところなどにおいては保育士の「非専門性」を補い、「多機能化」を推進しています。またNPOは、いろいろな場所や建物を借りて事業を実施してきた経緯等から、商店街や地域、自治体の目にとまりやすく、自治体との連携(最近では企業や大学とも)がしやすくなりアウトリーチ(保育所から外へ出向く)型の子育て支援を実施しやすいということが考えられます。

保育所等を基盤に持つ子育て支援センター事業の有利な特性が「保育の専門性」にあることを考えると、子どもの育ちの支援への貢献は必要不可欠な事業であります。当事者性を基にした子育て支援・親支援が必要であるだけではなく、子どもの育ちを支援する事業が開発考案され実施されるようにしていくことが肝要だと思います。

妊娠出産育児が個人の自由な権利(リプロダクティブ・ライト)に基づくことであることは論を待ちません。しかし、現実は妊娠したくともできない、出産したくともできない、子どもが育てられない、育てにくい、楽しくないという人も多くあります。本来自由で子どもを望む人には希望する数だけ生むことができることが自由な世界です。妊娠出産育児においても自分で選択して自分が望む最適な子育てを設計することができればいいと思います。生き方や暮らし方、家族の在り方、職業など多様性が認められることも大切です。子ども・子育てのニーズも多岐にわたります。そこで妊娠出産育児において楽しく子育てができるように寄り添い、さらに子どもの育ちを社会的に支援していくスキームが考えられ「新しく広義の子育て支援」を実施して行くことが必要となってきているのではないでしょうか。